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政策研究ネットワーク山形(ブログ版)

組織の垣根や立場の違いを乗り越え、山形の人と知をつなぐ

会員紹介(第3回)茂木孝雄会員(天童市議会議員)

第3回会員紹介は、天童市議会議員の茂木孝雄会員です(2015年1月18日インタビュー)。あくまで市民の「代理者」として、天童市の議会、行政の問題点に立ち向かい、「おかしいことはおかしい」と言える社会の実現に向けて奮闘されています。

なお、本会はさまざまな立場や考え方をもった方々が集まって成り立っています。したがって、各会員のインタビュー記事は、必ずしも本会の見解を代表するものではありません。

茂木孝雄会員プロフィール
もてき・こうゆう。天童市議会議員(無所属、無会派)。1948年天童市生まれ。山形東高校、一橋大学経済学部を卒業後、東レAIU財務部長、東北パイオニア取締役経営戦略部長などを経て、2011年より現職。

東京での民間企業勤務を経て故郷、天童へ

茂木孝雄会員01(天童市議会議員)

1948年に天童市の現田鶴町で生まれました。天童駅南に位置する地区なのですが、あのあたりは織田信雄にはじまる天童織田藩の家臣たちが住んでいた町です。藩校が養生館という名前だったので、子孫たちで養生(ようせい)会という組織を持っており、わたしの家も家老職だったようで、父親がその会長を務めたこともありました。

両親ともに教師で、兄と妹も教師ですが、わたし自身は、教師の仕事以上にビジネスの世界や実態経済に興味があったのですね。東京の大学を卒業してから、東レを経て、AIGグループのAIUで人事企画や財務・資産運用の仕事をしていました。

ところが、1985年に、天童に住んでいた父親が倒れてしまって介護が必要になってしまいました。そこで、山形とは縁もゆかりもない妻が二人の子供と一緒に戻って介護をし、父親を看取ってくれました。たくましくやさしい妻でした。ただ子どもたちも思春期に差し掛かりましたので、都会でのビジネスマン生活を諦め、3年後に私も天童に戻ることができました。

というのも、当時、ヘッドハンティングの会社を経営していた大学の先輩が、トレーダー等のヘッドハント営業に来た際に、冗談交じりで「ぼくこそが、山形に戻る必要があるのだけど」という話をしたことがあったのですね。そうしたら、その先輩が山形の会社を探してくれて、それが東北パイオニアだったのです。東北パイオニアに勤務しながら、後半は取締役を務めました。会社の東証上場作業を担当して上場を成し遂げ200億円ほどを調達(残念ながら私が退職して数年後には上場廃止)したり、バレーボール部長を兼務してVリーグの昇格させたり、今は無くなりましたがオルゴール館を建設を手がけたりもしました。

ちなみに、私が帰郷して7年後に妻はがんで亡くなってしまったのですが、後妻に来てくれた前妻の妹が、今度は母親を看取ってくれました。私の議員活動も理解し、有能な秘書役として二人三脚の活動をしてくれています。妻となった二人にと義両親に対しては、感謝しても感謝しきれません。

地元の「志」ある仲間たちの「代理」で市議会議員に

天童に戻ってからは、会社に勤務しながらも、地元の仲間たちとの交流の中で、地域づくり=政治(?)に発言する機会も少なくありませんでした。同級生が『サンデータイムス』というミニコミ紙を出していたので、それに匿名で市政への異見や提言を書いたりしていましたね。

勤め人の生活を終えてからは、天童市の行政、議会、市議会議員のありように対する注文や不満を外野席で叫ぶだけではなかなか改善されないという思いも強まり、2011年9月の市議選の4か月程前に賛同する仲間と、天童世直しと銘打って「天の風」(後に「天童みらい・市民ネットワーク」に改称)という市民活動グループを立ち上げました。市民の目線・市民の感覚で、市民のために働く市議会に改革しようという市民団体です。「合併をしないまちづくり」を宣言し、大胆な行政改革や議員報酬の日当制などを推進してきた矢祭町の根本良一前町長の講演会なども開催したりしました。

そして、「市議会改革」を重点課題のひとつに掲げて、4か月ほど先に迫った市議選に向けて何人かの候補者を募ったのですが、なかなか候補者は現れず、私ともう一人が立候補することになりました。市議選と言うのは狭い世界での選挙ですから、人脈・血縁・商売・地元等のしがらみが強いものです。地元で特に自営業をしている場合は、それなりの覚悟が無いと難しいのかもしれません。特に天童市は保守色が強く、また損得抜きの市民レベルの活動が育ちにくい風土にありますので、「表には出られないけど、陰ながら応援します」というようなケースが多いように思います。私は、「天の風」の発起人の立場もあり、しがらみもなかったので、立候補を決断しました。

幸い、陰ながら応援してくれる方々もたくさんいたことで、実質3カ月弱の活動ではありましたが、1,000票近くをいただき、当選させていただき、議員活動を始めることになりました(もう1名は、落下傘候補ではありましたが善戦及ばず惜敗しました) 。

サンデータイムス紙面

自らの議会活動や意見は、天童市内全戸配布されるようになった『サンデータイムス』のスペースを、もちろん自費で購入して、毎月「市議会レポート」として報告しています。

二元代表制の一翼を担う役割を持ちながら、行政の監視・行政への提案の役割を充分に果たしていない市議会や行政の実態と問題点を市民の方々に共有してもらうことが大切であると考えているからです。お蔭さまでこの記事にも結構な反響があり、市内外、時には東京からもご意見や要望などを頂き、議員活動に取り入れさせていただいています。

あるべき市議会議員の姿とは

天童市に限らず、自治体の職員は、一般市民や地域の町内会長等(地域の問題を一番体感している方々です)が訴え、要望してもなかなか動こうとしません。一方で、市議会議員が働きかければ、全ての要望を聞くとは言いませんが、俊敏に反応するというきらいがあります。

そのため、市民自身が、「自分の地域にも議員が必要だ」と考えてしまい、議員定数を減らそうという話につながって行きません。本当に地域のことを理解しているのは町内会・自治会や地域住民なのだから、市の職員たちこそが、地域の声に耳を傾けるという姿勢をもっともつようになれば、議員のありかたも変わっていくはずです。市議会の改革と共に行政改革が必要なのですね。

それはともかく、地方議会議員のありかたとして、私が共鳴しているのが、つくば・市民ネットワークの取り組みです。市議会議員は生業ではないとして、2期を限度として、議員の職をネットワーク内のローテーションで回していくのです。そして、議員報酬の50%をネットワークに寄付して、そのお金はネットワークで行う調査研究の費用に充てられます。あくまで議員は市民の「代理者」の位置づけなのです。

実際、何期も議員を続けていては、ボス化したり、議席にしがみつくようになり、生業化し、選挙で当選することが最優先となり、改革の妨げにもなってしまいます。さまざまな職業で現役として能力を発揮している人や実績を挙げてきた人たちこそが集まってできる多様性あふれる議会からこそ、地方を変えていく力が生まれてくるのではないでしょうか。

山形でも庄内町長が以前、問題提起して話題になりましたが、わたしは、優秀なサラリーマンの方でも議会に参画できるよう、議会を夜間や休日などに開催するようにして、議員報酬も日当制(あるいは定額との併用制)にしていく必要があると考えています。議会の会議が平日の10時に開催(特別の場合以外は殆どが1~2時間で終わります)では、ビジネスマンや自営業者などの兼業議員は難しい。議員は非常勤職なので、本来兼業可能ですし、実体験した立場からも、充分に可能です。

天童市議会の問題点

天童市役所

天童市議会では、市議会改革委員会が設置され、10名の委員によって議論が重ねられ(無会派からは共産党1名のみだったので、私は委員に入れませんでしたが、「申し入れ」書を出すとともに、傍聴をつづけました)、議会報告と意見交換会の実施、議会基本条例の制定などが実現しました。その点では数歩前進しましたが、議員定数・議員報酬の削減については、「議員の役割・仕事とはどういうものか?」「議員の役割の対価として適正な報酬はいかほどか?」「議員が果たす役割を踏まえた議員の定数は何人か?」などの議論には踏み込まず、他市との比較や議員の生活保障といったレベルの論議から脱することができず、定数は据え置き、報酬は期末手当加算減額による年22万円削減にとどまっています。

本来、市議会は市長・執行部を監視し、政策提案をする義務があります。ところが、選挙の段階から市長支援を公言したり、市長執行部の与党的会派の議員がいます。与党会派が多数であり、結局は市長・執行部の敷いたレールに沿って市政が動いてきます。結果的には、市長・執行部の追認機関になってしまっています。

公開の場で、議員同士が議論し、議会として合意する。議会として、納得できるまで市長執行部に説明を求める。そしてその結果を市民に説明していくことこそが市議会の使命ですが、これまでの天童市では、天童市民病院の経営問題や、芳賀地区の開発内容・新駅設置など、議会としてもっと議論する重要課題はあったはずですが、議論が深められ、市民が納得する説明をすることが不十分でした。大きな怠慢と言えます。

その一例として芳賀地区の区画整理事業についてお話ししましょう。

芳賀地区区画整理事業(天童芳賀タウン広告)

芳賀新駅(無人駅、2015年3月「天童南駅」として開業)を全額(駅前広場整備を含め総額約9億円)天童市が負担して設置するという計画自体、その目的や費用対効果の是非が論議不十分でした。また、市が子育て支援施設を整備するために、区画整理事業地内に10,475㎡の土地を約4億7千万円で購入したことも大きな問題です(その他雨水排水調整池整備の突然の場所の変更と費用負担の問題もあります)。その政治的背景については触れないでおきましょう。

ただ、1㎡当り4万5千円なので、100円違うだけで、市にとっては100万円の損失になります。市民の大事な税金が無駄なく、適正に使われているのかの重要問題です。

これに対して、市議会の環境福祉常任委員会では、購入価格の評価基準があいまいで説明が納得できないと、2012年9月26日と10月4日の両日に議論され、賛成2、反対4で否決されました。ところが、10月11日の本会議では一転して賛成11、反対10の僅差で可決してしまいます。なかには、常任委員会で反対しながら本会議で賛成した議員もいました。

自治体等が公共用地を取得する場合の土地の評価算定は、一定の基準に基づき適正に算定することと「用地事務取扱要領」で規定されています。その適正な評価による取得を行うための基礎資料として、「不動産鑑定士による鑑定評価」を使うことにもなっています。

今回の用地取得に際しては、「保留地であるから鑑定評価になじまない」という不可解な理由で鑑定評価を行っていません。後からわかったことですが、区画整備組合の「言い値」で合意されてしまっていました。

ともあれ、問題の核心は、適正に用地取得の事務手続きが進められてきたのか否かです。したがって、今回のように議会で多数決で可決されたからと言って、用地価格の評価算定の適正さが担保されたとは言えないのです。

そこで、わたしは、交渉過程の具体的な内容や執行部側で行った土地の算定評価の内容の情報を公開するよう請求手続きを行いました。その結果、公開された関係資料を見る限りでは、適正な土地価格の評価調書も、備えておくべき適切な交渉記録もありませんでした。そして、1㎡当り45,000円という取得価格は、売り手である区画整理組合が要求した価格に過ぎなかったのです。しかも、区画整理組合の鑑定評価は2006と2007年に行われただいぶ前のものでした。

天童市初の住民監査請求、住民訴訟
―芳賀地区土地区画整理事業問題

有志議員が環境福祉常任委員会の開催請求を行い、市長執行部に対して説明責任を果たすことを求めてもらちが明かないので、わたし個人も市民の一人として情報公開請求に引き続き「住民監査請求」で、納得できる説明を要求していくことにしました。

市議会議員が監査請求をするのはいかがなものか」「議会に文句を言いたいなら議員を辞めてから言うべきだ」といった、わたしに言わせれば錯誤はなはだしい批判も起きました。市議会として放棄した役割は、市民の代理人である議員個人としてでもやるべきだと思います。

この活動を引き継いでくれたのが、県職員OBの同級生です。監査請求は監査委員に棄却されてしまいましたが、やはり私の大学の先輩でもある市民オンブズマン山形県会議の弁護士グループにも協力してもらい、2014年2月に山形地裁住民訴訟を起こしました。「過大な税金を使い、天童市民に損害を与えたので、天童市長は天童市に対して、少なくとも5,300万円を返還すべきだ」という論旨です。住民監査請求も住民訴訟天童市で初めてのことです。

現在のところ、この住民訴訟によって、平成22年2月に保留地の平均分譲価格は42,400円に引き下げられており、市はそれを知りながら、組合の主張通りの価格45,000円に同意したことが明らかになりました。そして、市は、「24年6月頃に組合が提示した価格の算定資料を検証した」と主張していますが、「誰が」「いつ」「どのように」検証し、市長がどう確認して最終決定したのかについて、文書も提示せず、「瑣末なものであり、釈明に値しない」と主張するばかりなのです。

結局のところ、こうした問題の多い土地購入問題を、市議会は納得できる説明を求めずに承認し、監査委員も住民監査請求に対して詳細な調査を示さずに却下したわけです。このことから分かるように、議会は執行部に対する監視機能を果たしていないと考えざるを得ません。

市議会への挑戦を求む!
―「おかしいことはおかしい」と言える社会へ

茂木孝雄・伊藤嘉高写真

地方議会の議員定数削減、議員報酬削減というと、表面的な歳出削減額のみがクローズアップされますが、目指すべきは、その先にある政治・行政機構の改革です。市議会を市議会自らで改革することはなかなか難しいことと感じています。市議会や議員自身に不利な事を、議会や議員が自ら決断することは不可能と、議会の中に入って実感しています。住民訴訟もそうですが、市民がしっかりと考え、発言し行動することが不可欠です。

そして、市民の目線で発言・行動する議員を増やすことも重要です。地方は「与党体制の議会」が多く、市民も「お上」が決めたことには逆らわないという意識も強いため、市民が「おかしいことはおかしい」と発言しにくい風土にあります。

市民が、自分の損得を基本に行動することをすべて否定はしませんが、100%損得で判断するのではさみしすぎます。「おかしいことはおかしい」と判断する割合を、少しでも高めてもらいたいと思っています。ひとりの市民の勇気が、多くの市民の意識と政治風土を変えて行くきっかけになれば素晴らしいことです。市議会への「参入障壁」は低くはありませんが、幅広い市民各層が挑戦できるよう、わたしの活動も続けていきます。

(2015年1月18日、ホテルメトロポリタン山形にて、聴き手・構成:伊藤嘉高)